homosapiensaru's business trip in リスボン&ウィーン


2011年8月12日[金] ウィーン大学へ

分離派会館の正面だ<br>引きがなく、下の方まで入らなかった
分離派会館の正面だ
引きがなく、下の方まで入らなかった
やや遠くから<br>建物の上には、黄金のキャベツと<br>呼ばれている月桂樹のドームが…。
やや遠くから
建物の上には、黄金のキャベツと
呼ばれている月桂樹のドームが…。
建物には、こんな装飾や
建物には、こんな装飾や



いよいよ、ウィーン大学の先生方とお会いする日が訪れた。

まずは、大使館の車が迎えてくれ、大使館へ出向く。
公使以下、4名の職員とミーティング。

ここオーストリアでも日本のマンガとアニメの人気は絶大だ。
こんなのが流行っていますと紹介されたのは、漫画家やアニメーターの作品集だった。
日本がこうして外国に影響を及ぼすことには反対ではないが、何か寂しくなる自分がいるのは隠しきれない。

東京工芸大学には、アニメーション学科に、マンガ学科もある。こういった日本ブームには好都合の大学ではないか。そう、そのことはそこに任せてしまえ!…と思えばいいのだ。

と割り切れないこの、ブームに取り残されている私。
と卑下するのもよくない。

観光庁が外国人向けにPRするCFのような心(うら)悲しいものにならないで欲しい。
もちろんそれらのクオリティの高いものに対するレスペクとは否めないし、自分もマンガ、アニメ世代の初代に当る訳だから、充分その凄さは理解しているつもりだ。
が、成長するに連れて、もっと面白いものが見えてくるではないか。


もやもやとしながら、顔は笑顔で、大使館を後にして、ウィーン大学へ向う。


ウィーン大学には東アジア研究所日本学部というのがあって、そこの3人の先生方とお会いした。
みなさん、流暢に日本語を話される。

リンハルト先生は、日本の「拳」という遊びについて研究されている。
ドメーニグ先生は、日本映画がお好きで観てない日本映画はないということだ。
もう一人のマンツェンライター先生には、何がご専門か聞きそびれてしまった。


こんな装飾や
こんな装飾や
こんな装飾も!
こんな装飾も!

いろいろと探り探りしながら、何かを仕掛けようとしたがやはり美術大学ということではないので、なかなか糸口が掴めない。といって、邪険にされているという印象はないので、とにかくどこまで交流できるかわからないが、ワークショップやシンポジウムなどを提案し、コミュニケーションを図って行こうという話しに落ち着いた。


その後、雲海という高級日本料理店へ移動し、会食ということになった。
ウィーンへ来てオーストリア人と日本料理を食すとは考えなかった。
オーストリアには海がないけれど、最初に出された刺身は美味だった。
その後続く料理のどれも美味かった。
公使のチョイスした白ワインが刺身に合い、なんとも言えぬ素敵なランチとなった。
そこで展開された公使の話しがまた興味深く、ウィーン大学の先生方もそれに押されてか、何か交流して行きましょうという方向性が色濃くなった。

この場もまた、神山公使のお陰でうまく収まった。


食事も終わり解散となり、公使がまたプチ観光をしてくださった。
リスボンの泥棒市のような規模はないが露店に連れて行ってくださり、公使とお店の人とのやり取りを楽しみながら、掘り出しもんはないかと探したがNGだった。


そこで公使とは別れ、われわれ三人は分離派会館(SECESSION)へ向かった。
この建物の地下にクリムトのベートーベンフリーズ(THE BEETHOVEN ERIEZE)がある。
これは壁画で、1902年に開催された分離派によるベートーヴェン展に出品したものだ。

これを観るためにわざわざ日本から持って来た双眼鏡が役に立った。
うっとりだ。素晴らしいねぇ〜。
クリムトの様式美に、その装飾性に取り憑かれる。
ウィーンで観たかったもののひとつだ。
立ち去り難く、しばらく佇んでいた。

意を決してその場を離れ、さぁてディナーだ!
今日は、公使のお気に入りのもうひとつのイタリアンレストランだ。
食事をしながら、三人で今後の展望について意見を交わし、ホテルへ戻った。

今日もへとへとだ…。



明日はいよいよ帰国だ。
それぞれの場所の滞在時間も短く、あっという間だったが、とても充実した旅だ。



ベートーベンフリーズの最後の場面だ。この時点ですでに「接吻」の原型がある。




2011年8月11日[木] 公使と謁見!

オペラ座だ。ホテルはこの近く
オペラ座だ。ホテルはこの近く
造形アカデミー絵画ギャラリーのサイン
造形アカデミー絵画ギャラリーのサイン
ヒットラーがここで演説をしたそうだ
ヒットラーがここで演説をしたそうだ



噂の神山公使にお会いする。
いろんな武勇伝ともいうべき噂に彩られた公使についに謁見する日が来た。

われわれのプロジェクトが始動することになったきっかけは、在ポルトガル共和国日本国大使館に駐在中の公使がぽろっと言われた一言からだと陶山先生からよく聞かされる。
ポルトガルと日本の修交150周年である2010年に合わせて何かできないかしら?という提案だったそうだ。
その後、2010年の年を待たずして公使はオーストリアに異動されてしまったという。

公使は現在、在オーストリア共和国日本国大使館に駐在していらっしゃる。
今回、公使自らがわれわれのプロジェクトをオーストリアでも展開なさったら?との発案をいただき、このウィーン行きを決行することになった。

ランチに招かれた。
公使は、イタリアン料理をチョイスされたが、これがまた素敵なレストランでソフィストケートされた味で美味し!
初日に食した、ウィーン料理にやや重さを覚えたわれわれにとってはナイスな会食となった。
食事をしながら、今後のオーストリアでの展開についてざっくばらんにミーティングを行なった。
ウィーン大学の日本学科の先生方を紹介するとおっしゃってくださり、新たな可能性が開けた。
明日、大使館で打合せをし、ウィーン大学へ赴き、その後ウィーン大学の先生を交えて会食をするということになった。

食事の後、公使がちょっとした観光案内をしてくださり、別れた。




ベルベデーレ宮殿
ベルベデーレ宮殿
クリムト「接吻」
クリムト「接吻」
クリムト「ユディット」
クリムト「ユディット」

なんともテンポのいい展開にわれわれ三人は感激し、このチャンスを逃すまいと心に誓った。


公使との約束の時間までに間があったので、午前中に造形アカデミー絵画ギャラリーに伺い、ボッシュの祭壇画を観た。
リスボンの国立古美術館にあったボッシュの「聖アントニウスの誘惑」にはやや劣るが、こちらも傑作だ。何とも言えない味わい深いものがあるなぁ、ボッシュには。


公使と別れた後は、クリムトを堪能しようとベルヴェデーレ宮殿へ向かった。
いいですよ、クリムト!魂にパンチを食らったなぁ。居ても立ってもいられなくなるとはこういうことだ。

次は、美術史博物館!
ここにはブリューゲルの傑作が並んでいる。
個人的にブリューゲルにはちょっとしたエピソードがあって、無視する訳にはいかない。
この美術館になんと!あの!バベルの塔の作品があるではないか!驚嘆!
自分の中で特筆すべきブリューゲルの作品が3点も眼の前に存在していることの凄さ!たまらん!

ホルバインの作品が何点か特別展として展示されていて、こちらも圧巻だった。
ホルバインの巧さといったら、もう鼻血もんです。脱帽!


集合時間になったので、ミュージアムショップに移動し、腰も痛んできたので長椅子に腰掛けてお二人を待った。が、10分経っても、20分経っても現れない。おかしいなぁと思いつつも、30分、40分と待ったがなおも現れる気配がないので、一時間近く経って頃、まぁ、こういうこともあるよなぁ〜、こういった経験もよかよか〜と美術館を後にしてホテルへ独り帰ることにした。


ブリューゲル「バベルの塔」
ブリューゲル「バベルの塔」
この絵が好きなんですよ
この絵が好きなんですよ
ホルバイン<br>文字の扱いも巧い!巧い!
ホルバイン
文字の扱いも巧い!巧い!

プラプラと歩く中、ゲーテ像に出会ったり、モーツアルトカフェを見つけたりとそれなりに愉しくもあったが、食事をどうしよう?などとやはり不安にも見舞われ、ちょっと寂しくなりながら部屋に戻った。
メールチェックなどをしているうちに21:00になり、さて食事をどうしようと考えた矢先、部屋の電話が鳴った。大久保先生だった。お二人も僕をひたすら待っていたそうである。自分が待っていたショップは1階でお二人が待っていたショップは2階だった。なんとまぁ、こういった落とし穴が仕掛けられていたのだ。

まぁ、こういうこともいいもんだぁ〜。

その後ホテルで合流し、今晩は公使に教えていただいたチャイニーズを夕飯とすることにした。メニューに酸辣湯を見つけ注文する。これ、時々無性に食したくなるのです。


ちょっとしたトラブルもありましたが、なんと充実した一日だったか!


明日は、ウィーン大学の先生たちとお会いする。楽しみでもあり不安でもあり。




2011年8月10日[水] ウィーンへ移動

「energy drink」という商品名だ<br><br><br><br><br>
「energy drink」という商品名だ




最古のレストランの玄関<br><br><br>
最古のレストランの玄関


歴代のオーナーの写真なんだろうか?
歴代のオーナーの写真なんだろうか?



リスボンから、途中チューリッヒを経由してウィーンへ向かう。
今日は、一日移動で終わる。
トランジットがチューリッヒではなくベルンで、しかも待ち時間があったなら絶対にパウル・クレーセンターに行ったんだけどなぁと、口を尖らせてみても何も変わりはしないのだが、つい口を尖らせてしまう。

国や都市によって空港や街の様子が違うのは当たり前のことだが、チューリッヒ空港はユニバースの書体のようにシンプルなデザインで、特にサインの書体やデザインが見やすくて素敵だった。エモーショナルな装飾性を削ぎ落としつつもクールではないデザイン性が素晴らしい。
機内食についていたソルトやペッパーの入った袋のデザインなども国旗にある赤十字がアレンジされていて気が利いていた。

空港の売店にあったスポーツドリンク系の缶のデザインがシンプルで面白かったので思わずカメラに納めてしまった。


夕刻、ウィーンに入った。
ポルトガルに対して失礼だが、ウィーンの街は綺麗だ。特に建物が美しい。どの建物もいかにもオーストリアらしい装飾性に彩られている。

良さそうなレストランをガイドブックでチョイスし訪ねるが、行列ができており断念する。しかしそこで諦めず、ウィーン最古のレストランという触れ込みのお店を見つけ無事にディナーを摂ることができた。

ポピュラーなオーストリア料理であるポークカツレツに挑戦!うまかったがヘビーだった。スープがよかったが、何スープだったか思い出せない。
お腹の印象としては、オーストリア料理はちょっと重いなぁと感じた。


明日は、オーストリア大使館の公使とお会いし、ミーティング方々、ランチをご一緒させていただく。オーストリアとの交流がうまく発展することを祈るばかりだ。




スープです
スープです
ポークカツレツです。大きい!
ポークカツレツです。大きい!
ウィーンの街も更けて行きます
ウィーンの街も更けて行きます



2011年8月9日[火] 泥棒市&ジョアン先生とディナー



ポルトガルで、いつも通訳をお願いしている千穂さんが泥棒市に案内してくださった。
千穂さんはポルトガル人と日本人のハーフでこの4月に男の子を出産した。
ホテルにご主人とお子さんとで迎えに来てくださり、
ご対面させていただいたが、ご主人はナチュラルなナイスガイで、
ボーイはやっぱり西洋人だね、立体的でなんとも可愛いかった!

10:00過ぎに泥棒市に行くと、もう結構な人が集まっている。
集合時間を決めてそれぞれの見たいものを見るということで解散!
かなりの出店があり、決めた時間で見切れるかどうか心配しながらも一軒一軒を堪能した。

なかなか面白いものがあり、戦利品もあった。


泥棒市の会場
泥棒市の会場
がらくたあり、
がらくたあり、
掘り出しもんあり…。
掘り出しもんあり…。

私の戦利品。マカオの陶磁器だそうだ。龍が描かれている。直径30cm。
なかなかの掘り出しもんである。15ユーロというので、5ユーロ負けさせ、10ユーロで購入。約1,000円!素敵!




鰯だ
鰯だ
右の四角い黒いのが熱せられた石で<br>その上で厚ぼった牛肉を焼く
右の四角い黒いのが熱せられた石で
その上で厚ぼった牛肉を焼く

千穂さんは用事があり、途中で分かれ、三人でいつものレストランに出かけランチ。
ポルトガルの夏の名物の鰯料理を四回目の渡航にして初めて食す。
そのまま食べてもシンプルでうまい!
オイル&ビネガーするとまた味わいが違う。
他に、熱した石の上で焼いて食べる牛肉料理もうまかった!
ニック(肉)のあだ名を持つ大久保先生は嬉々としていた(私が勝手につけたんですけどね…)。
何度食べてもポルトガル料理は不思議と飽きない。
大使はこの国は日本のように旨味というものを知っているのかもしれないと仰っていた。

お昼が済み、みんなと別れ自分はひとりぶらぶらと街中を彷徨うが、特に得るものも無くホテルに帰ると、ロビーにポルトガル滞在中によくお世話になる藤岡さんがいらした。
彼女もこの秋に出産ということでお腹がずいぶんと目立っていた。旦那さんはポルトガル人でなかなかの男前だった。
みなさん、外国で逞しく生きております。

しばらく雑談し、4人でダウンタウンへお土産を漁りに行くことにした。
可愛い缶詰屋があると前から聞いていたが、まだ誰も行ったことがないので案内していただくことに。



ありました!可愛い缶詰屋さん!
ロゴマークやパッケージデザインがなるほど可愛い!
お店自体も可愛い!
観光客で混んでました。

何種類かの缶詰とそれを入れる木の箱を購入。この木の箱がまた可愛い!

店を出ると向かいに新しくできたワインのお店があって、そこでポルトワインも買ってしまった。


店構えだ
店構えだ
店内だ
店内だ
ポルトガル人は蛸を食す!
ポルトガル人は蛸を食す!

ウインドーも可愛いぞ〜



お店の看板
お店の看板
右がジョアン先生<br>食べているのはムール貝の料理
右がジョアン先生
食べているのはムール貝の料理



さて、夜はクリエィティブ大学のジョアン先生とディナーというお約束!
先生の奥様がやってらっしゃるレストランへ伺う。
お店の名は、be bel。

ハンガリー生まれ(確か?)の素敵な奥様がほとんど一人で切り盛りしている。
ハードワークそうだから別の店へ?と気を遣うと、ノープロブレムとのこと。

楚々とした清潔な感じの佇まいとお料理で、ポルトガル料理というよりも少し表参道的な感じがした。

ジョアン先生は、優しくユーモアがあり、心遣いのある素敵な人だ。
また秋にお会いできるのが楽しみだ。
10月には、自分はクリエイティブ大学で絵のワークショップを行なう予定だ。
また、学生が制作した小型ポスター作品の展示も行なおうと考えている。

ポルトガルは、21:00過ぎまで明るく、それを過ぎると急に暗くなっていく。
気がつくと辺りは暗くなって、時間も22:00を周り夜も更けて来た。そろそろ名残惜しくも帰る時間となってしまった。

「じゃぁ、そろそろ」というと、「ディスコに行く?」とジョアン先生がいうので、すかさず「カラオケは?」と返し、みんなで苦笑する。
彼が日本に来たら焼鳥屋へ行き、新宿のゴールデン街に繰り出し、最後はカラオケだなぁ。
築地の寿司も気に入ってたなぁ。

では、ジョアン先生。また10月に帰ってきますよ。


明日は、ついにウィーンへ移動だ!




2011年8月8日[月] クリエイティブ大学&日本大使公邸にお呼ばれ

私の教え子たちが描き残した<br>壁画が保管されている。
私の教え子たちが描き残した
壁画が保管されている。
シルクスクリーン印刷による<br>小型ポスターを制作した<br>クリエイティブ大学の学生たちと先生方<br><br><br><br><br><br>
シルクスクリーン印刷による
小型ポスターを制作した
クリエイティブ大学の学生たちと先生方





大使公邸にて
大使公邸にて




午前中は、日本でのハードな日々もあってゆっくりとホテルの部屋で過ごした。

午後になって、クリエイティブ大学を訪ねると、玄関を入った左奥のピロティの壁のところに、昨年10月に同行した我々の学生がギャラリーの仮設の壁に直接描いた壁画をきちんと展示していただいていた。うれしい心配りだ。

通訳を介して、先生お二人と10月の交流の提案のための打ち合わせをさせていただく。
大変友好的で、私たちの提案を快く引き受けてくださった。
この時期ちょうどサマーバケーションにも関わらず先生方は気持ちよく対応していただき、なんともありがたかった。
ということで、我々はまた10月後半にはポルトガルへ戻ってくることになった。

クリエイティブ大学のみなさんは、3月11日の大震災の後、日本のことを心配して、映像により制作された励ましのメッセージを送ってくれたり、シルクスクリーン印刷によるプロジェクトを「日本とポルトガル」というテーマで学生に授業課題として取り組ませ、前記の映像に引き続き、日本への熱いビジュアルメッセージを小型ポスター作品として制作し、贈呈してくれた。

なんとも暖かい人たちだ。



夕刻、ポルトガル大使が大使公邸にお招きくださり、食事をいただくことになった。
なんとも光栄なことだ。

いやぁ、美味しく、愉しかった!
滅多に体験できることじゃないので、ありがたや〜って感じでした。

大使公邸には18:30過ぎに入りました。

最初はベランダに通されて、だだっ広く暮れなずんできた庭を眺めながら自家製のつまみ(ジャガイモとニンジンとホウレンソウみたいな葉を油で揚げたパリパリになったもの)とともに食前酒をいただき、その後、ダイニングに通され、ディナーをいただきました。

席は予め決めらており、結婚式のテーブルのように銘々の名札が置いてあって、その脇にはメニューまで置いてあり、前菜からメインディッシュ、デザートまでのひとつひとつを大使夫人が丁寧に説明してくださいました。
まるでどこかで観たことのあるTV番組のようでしたね。
すべて自家製の手料理で一品一品に工夫が凝らされた、味はもちろん、見た目にもとても素敵な食事でした。ワインも白と赤、両方とも美味しかったぁ!

話も盛り上がり、日本のこと食育のこと文化のこと、絵やアニメーションやマンガのことなども話題になり、充実した有意義なひとときでした。
時計を見たらもう21 :00!
ディナーが終わると、またベランダに戻ってお話の続きをということで、お茶(カモミールティ)と食後酒をいただきながら会話を楽しみました。

自家製のチョコレートとメレンゲとイタリアの堅いビスケットをいただきながら、日本について大いに語りました。
食の話になったとき、ドキュメンタリー映画の宣伝用ポスターの仕事をさせていただいた料理研究家の辰巳芳子さんの話をしたら、大使夫人も大変興味を持たれているようで映画がいつ封切りなのかと質問されてました。

大使夫人は宴の始まる前に、長くポルトガルに滞在なさっていたなら日本料理もよろしいのですけれど、みなさんはポルトガルに着いたばかりなので、 今日の料理はポルトガル料理をアレンジした西洋料理にしましたと言われた。そこに並々ならぬ相手を思んぱかる配慮を感じ、おもてなしをすることのプロなんだなぁと感心しました。
大使夫人ですから当たり前なのかもしれませんが、さすがだなぁと感じ入りました。

今回の旅行は、このディナーだけで終わったとしても意味はあったなぁ。




2011年8月7日[日] リスボンに到着!



家からリスボンのホテルまで、ほぼ丸一日、24時間かかる。
日付が変わった8日[月]の深夜0:30近くになってようやくいつものホテルのベッドに転がることができた。

いやぁ、毎度のことながら疲れる。
しかし、今回はパリまでは比較的ラクチンだった。
それは、iPadのお陰だろうか?
昨晩はほぼ貫徹だったので、機内でもよく寝たせいもあるが、iPadで楽しみながら移動することができた(のだろう)。
フライト中、思考することをしないようにし、睡眠と食事以外の時間は、iPadに入れてきた「仁」(コミックバージョン)やアメリカのTVドラマ「LOST」を楽しんだ。

まずは、とにかく寝ることに。
明日は、午後にクリエイティブ大学で10月のミーティングをする予定だ。




2011年8月7日[日] 成田を出発

右が大久保先生、そして中央が陶山先生
右が大久保先生、そして中央が陶山先生



東京工芸大学の重点教育研究のひとつとして取り組んで来たプロジェクトであるポルトガルとの交流も3年目となった今年度が最後の年となり、昨年に引き続き10月にまた渡航し、ワークショップ等を行い締めくくろうということになった。また、さらにこの教育的コミュニケーションを継続拡大していこうということでポルトガルでできた縁を活かし、この夏休みを利用してオーストリアへも足を運ぶことにした。

ポルトガルでのプロジェクトの火付け役となったポルトガル大使館の公使が今はオーストリア勤務となり、次の交流場所としてオーストリアはウィーンでの展開を促してくださり、まずは訪問してみようということになった。

オープンキャンパスやAO入試の始まる前の一週間をその期間に充てることにしたのはいいが、前期の授業が終了し成績をつけること、一週間という時間を空けるので自分の仕事の片づけをすること…等々、いつでも海外出張前のこの超忙殺timeはなんともきつい。毎度のことではあるがなんとか仕事をこなすことができ(というかとりあえず終わらせ)てしまうこのエネルギーはどこからみなぎってくるのか我ながらいつもいつも感心する(もうそろそろ厳戒かなぁ?)。

今回のメンバーは、アニメーション学科の陶山先生(このプロジェクト推進の張本人だ)とインタラクティブメディア学科の大久保先生と私の3名だ。

前回のポルトガル帰国後ヘルニアの気が出てしまった私は腰痛(なのだが実際に強烈に痛むのは右臀部脇から右膝脇の辺りだ)に悩まされているので、今回はお断りしようと思っていた。が、ウィーン行きを聞いた途端OKを出してしまったのだ。まぁ、ゲンキンなものである。しかしながら実際の腰痛が収まる訳ではもちろんなく、そのために、よく効くと噂のあるストレッチを教えていただける病院へ顔を出し、旅に備えた。

さて、どんな旅になるのやら…。